子供を虐待する母親のご相談をお受けするようになって、ずっと考えていた問いに自分なりの答えを書いてみます。
なぜやめられないかはたくさんの要因があるけれど私が大きいと感じる三つです。
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1 社会と歴史
2 現在の環境の影響
3 母親の被虐体験
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1 社会と歴史
これは母親(女性)の側に立っての視点なので男性はまた後日。
子どもの虐待の、一番大きな要因は社会だと私は感じています。
現在の若い母親の母親は現在50代60代、ちょうど私の世代です。
わたしの親の世代、日本では家父長制、女性は父に従い、夫に従い、老いては子に従えと言われ、女性の参政権ができたのは第二次大戦後1945年、まだたかだか74年前です。それ以前は女性には人権などなく、子を産み育てるだけの役割で一生を終わる。
以前「仁義なき戦い」という映画を観て感じたのは、女って可愛くて愚かでまるでペットだな、そして重要なのは男性の性のはけ口という役割。
男じゃなければ人間じゃないみたいだということでした。この映画がそういう視点だったからというのもあると思いますが、1973年の映画です。
そして当時もうひとつ女性の価値があるとすればそれは子をいかによりよく育てるか、だったんじゃないか。
そして子を産んでも周りのひとびとは現在と同じく、忖度、同調圧力、農耕民族ならではの和や協調性第一。輪からはみ出たら生きていけないという中での子育て。
そもそもヒトは、サルと同じ、群れで子育てをする動物です。
江戸時代は武士は乳母をやとい、庶民は長屋で皆で子どもを見守り育てた。
それが明治以降、特に戦前からは子育てはすべて母親の責任。わたしの親の世代はまじめであればあるほど、男性に遣え、従順で真剣に子を育てたと思います。その親に育てられた私たち世代、そして私たち世代に育てられた今の若い母親。まじめであればあるほど、良い母親である呪縛は世代を超えて引き継がれました。
そのうえ戦後、核家族化がすすみ、男性は外で仕事をし、女性は専業でひとりで家を守り子を育てる。言いつけの利かない子供ができれば夫は子にも妻にも、しつけという名の暴力をふるう。親から子の体罰が禁止になったのはやっと今年4月です。
女性は仕事をせず、食わせてやってるという夫の庇護のもと、ただひたすら従順で良い子を作ろうとしたのは当たり前ではないですか。DVという概念だって2001年にやっと配偶者からの暴力防止が法制化されたばかり。20年前は女が殴られても当たり前な時代だったのです。
それが私たちの母親の世代。
子供虐待は
母親が自分の存在意義を得るために、わが子を良い子にするためのひとつの手段として、まじめで弱い立場の女性、母親に引き継がれたのです。
まじめであればあるほど、まじめで良い子として育ってきた子供ほど、こうあるべきという思いが強く、うまくゆかない自分を責め、子どもをもっとよくしようという思いが強くなる。
良い母親の呪い、です。
虐待する母親はそんな社会の被害者であると私は思います。
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